心臓疾患を有する労働者が、主治医から「残業の禁止」、「心理的負荷の軽減」を要する旨の診断書が出され、現場の上司と当該労働者、人事部の間で上記2点の徹底を確認したのに、繁忙期には当該労働者の自主的な残業を上司が黙認した例がある場合、人事部としては、安全配慮義務の観点から、当該労働者や上司を懲戒にするなどの検討をしたらよいでしょうか。
「残業の禁止」、「心理的負荷の軽減」という主治医の指示を確認したというのが業務命令であるとしたら、社員も上司も業務命令に違反したことになります。
まず当該労働者については残業義務が発生しているのであればこれを履行しなければなりません。日常業務をするだけで長時間労働になってしまうのであれば、日常業務自体を軽減していく必要があります。使用者が単に残業禁止というだけで社員の業務軽減措置を具体的に講じていないのであれば、業務命令違反を問うことはできないと考えられます。
ただ、大阪地裁判決(平成20年5月2日)は、使用者の損害賠償義務を認めつつ、被災者が上司や先輩の指導・助言を聞きいれずに午前中の遅い時刻や午後に出勤して深夜まで勤務していたことをも考慮し、損害の3分の1を減額しました。人事部としては、当該労働者から事情聴取を行い、残業をした原因が業務量や人員配置にあるとしたら、まずはこれを改善する措置を講じなければなりません。とすれば、当該労働者を業務命令違反として懲戒処分するのは相当ではありません。これに対し、当該労働者が人事部の指導を聞きいれないで残業をしたのであれば、当該労働者に対し、残業を防止する改善措置を講じつつ、その禁止命令に従わなければ不利益な扱いを受けることを説明し、今後は残業しないよう注意することは必要でしょう。
次に上司については、使用者の代理監督者として安全配慮義務に違反するとともに、時間外労働禁止の業務命令にも違反したのですから、当該労働者よりも責任が重いといえます。
ただ、日常業務をするだけで長時間労働になってしまうのであれば、日常業務自体を軽減していく必要があります。上司が絶対的な業務量の多さから業務を全て引き受けることができなくなり、心臓疾患を有する労働者まで残業をせざるを得なかったというのであれば、これは適切な人員配置を欠いた使用者の労務管理の不適切さに起因するということになります。このような事情が認められるのであれば、上司に対して業務命令違反を理由に懲戒処分を課すことは適当ではないと考えられます。この場合、当該職場での業務量の調整や人員配置の見直しを検討するとともに、上司に対し、「今後同様の行為を繰り返すのであれば処分対象にする」と警告した上で、懲戒処分に至らない厳重注意をすることにとどめるということも考えられます。
他方、主治医の指示を徹底することを人事部と確認したということが業務命令でないとしたら、なおさら懲戒処分を課すことはできないでしょう。
労働時間の把握や労働者の健康管理を現場の上司任せにせず、人事部が主導してこれを行うことが肝要です。労働時間適正把握基準の通知は、事業場において労務管理を行う部署の責任者は当該事業場内における労働時間の適正な把握等労働時間管理の適正化に関する事項を管理し、労働時間管理上の問題点の把握およびその解消を図ることを求めています。この責任者が人事部長であるとしたら、東京地裁判決(平成23年3月7日)が判断するとおり、人事部長が「残業時間が1か月当たり100時間を超えると過労死の危険性が高くなり、精神疾患の発症も早まるとの知見や、時間外労働を1か月当たり45時間以下にするよう求める厚生労働省の通達等の存在を認識して」いたということになります。
人事部が心臓疾患を有する労働者の残業を知らなかったというだけでは、予見可能性は否定されず、使用者を免責させることにならないことに留意してください。
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