社員の私生活上の犯罪と懲戒解雇

 社員が、通勤中の電車内で痴漢を行ったとして起訴され、有罪となった場合、当該社員を懲戒解雇にすることはできるでしょうか。

 労働者は、所定労働時間内で就労する義務を有していますが、それ以外の私生活における行為は自由であり、原則として所定労働時間外に企業外で行う行為を懲戒処分の対象とすることはできません。

 私生活状の行為で刑罰を受けた労働者の地位が一般社員であるとしても、事業の種類や労働者の職種等から許容できない性質の犯罪行為については、懲戒処分を厳しく判断することになります。

 電鉄会社の社員が度重なる電車内での痴漢行為により逮捕・起訴されて有罪となった事案につき、東京高判平15.12.11は、「控訴人(労働者)は、そのような電車内における乗客の迷惑や被害を防止すべき電鉄会社の社員であり、その従事する職務に伴う倫理規範として、そのような行為を決して行ってはならない立場にあ」り、「しかも、控訴人は、本件行為のわずか半年前に、同種の痴漢行為で罰金刑に処せられ、昇給停止及び降職の処分を受け、今後、このような不祥事を発生させた場合には、いかなる処分にも従うので、寛大な処分をお願いしたいとの始末書を提出しながら、再び同種の犯罪行為で検挙された」という「事情からすれば、本件行為が報道等の形で公になるか否かを問わず、その社内における処分が懲戒解雇という最も厳しいものとなったとしても、それはやむを得ない」と判断しました。

 電鉄会社の社員は労働契約に基づき電車内での痴漢行為を防止する職務を担っているにもかかわらず、複数回にわたり電車内で痴漢行為をしたことは企業の対外的信用を失墜させ、企業秩序を乱すものであったことが重視されて、懲戒解雇が有効と判断されたと考えられます。

 確かにこの東京高裁判決が判断するとおり、「痴漢行為が被害者に大きな精神的苦痛を与え、往々にして、癒しがたい心の傷をもたらすものであることは周知の事実であ」り、「それが強制わいせつとして起訴された場合はともかく、本件のような条例違反で起訴された場合には、その法定刑だけをみれば、必ずしも重大な犯罪とはいえないけれども、上記のような被害者に与える影響からすれば、窃盗や業務上横領などの財産犯あるいは暴行や傷害などの粗暴犯などと比べて、決して軽微な犯罪であるなどということはできない」といえます。

 しかし、就業規則で信用失墜行為を懲戒事由に定めていたとしても、この行為により企業の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければなりません。

 痴漢行為といえども、所定労働時間外に会社の組織や業種等に関係のない私生活の範囲内で行われた、公訴事実が迷惑防止条例違反で初犯である、当該社員の職務上の地位が指導的な立場にないなどの事情が認められるのであれば、会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価されず、当該社員を懲戒解雇にするのは、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」であり、「その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする」(労働契約法15条)と判断されることにもなります。

 ただ、当該社員を懲戒解雇にするのが不相当であるとしても、刑事裁判の結果によって減給や出勤停止などのより軽い懲戒処分を課するのは社会通念上相当といえます。

 

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