病気社員の病状が悪化したら企業は損害賠償責任を負うか

発症予防と増悪回避の安全配慮義務

 システムエンジニアを新規事業プロジェクトチームに参加させたところ、1年前から心臓疾患を患っており、主治医からは過度な負担を避けるよう指示されていたため、6か月目に入って体調を崩し、入院することになった場合、使用者は損害賠償責任(安全配慮義務違反)を問われるのでしょうか。

 この安全配慮義務は、疾病の罹患と増悪が区別されておらず、使用者が労働者の健康状態の変化について随時適切な注意を払うことが含まれているといえます。使用者は、基礎疾患を含む労働者の健康状態を具体的状況の一つとして考慮すべきです。その意味で、過労死事案においては、労務提供の過程における使用者の安全配慮義務は、健常労働者が疾病に罹患するのを防止する場面と、発症した労働者が疾病の増悪を招くのを回避する場面があります。

 一般的にいって、長時間労働や心理的負荷のかかることが多いとされるシステムエンジニアという職種および新規事業プロジェクトという業務であることからして、新規事業プロジェクトチームに参加した6か月間に長時間にわたり業務に従事する状況が継続していたことはあり得ることです。そうであれば、1年前から心臓疾患を患っており、主治医からは過度な負担を避けるよう指示されていたかどうかに関わらず、当該労働者が長時間労働に従事して疲労や心理的負荷等を過度に蓄積させたことにより、その基礎疾患である心臓疾患が悪化して入院治療をし、休業療養を余儀なくされたことについて、使用者に安全配慮義務違反が認められることになります。

過失の前提となる予見可能性

 ところで、損害賠償責任が認められるためには、使用者に過失があることが要件であり、その前提として、いわゆる予見可能性がなければなりません。

 当該労働者が1年前から心臓疾患を患っていたとしても、体調を崩すまでは通常の日常業務を支障なく遂行しており、6か月前からは他のプロジェクトメンバーとともに長時間労働に従事していたとすれば、使用者が心臓疾患を患っていることを知らなかったとしても、労働者の健康が悪化するおそれがある長時間労働をさせていたという認識ができていたのであり、疾病の増悪について予見可能性があるということになります。過重労働があったのであれば、労働者が疾病を告知していなかったからといって予見可能性は否定されず、使用者が安全配慮義務違反を免れることはできません。

 これに対し、新規事業プロジェクトの業務が素因・基礎疾患を有する労働者であっても過重とはいえず、作業はチームのメンバーで分担して一人一人の責任が重くはなく、脳・心臓疾患との関連性が弱いとされる1か月あたり45時間未満の法定外時間外労働(1日8時間超)しかしていない、また当該労働者が病気を隠していたので、その健康状態が悪化していたとは全く見受けられなかったということであれば、使用者が1年前から心臓疾患を患っていることを知らなかった以上、たとえ当該労働者自身が主治医から過度な負担を避けるよう指示されていたとしても、予見可能性はないということになりますし、安全配慮義務違反があったともいえないでしょう。

結果の予見と回避が必要

 しかし、だからといって、使用者は、自己の負う責任を軽減するため、労働者の健康状態から目を遠ざけるべきではありません。裁判例においても、労働者の健康状態を把握・管理する義務が認められています。そこで、使用者としては、安全配慮義務(結果予見義務)に基づき、労働者の健康状態を的確に把握していくことが肝要です。

 この点について、使用者の労働者に対する健康確保を強調するとプライバシー侵害を引き起こすとの見解があります。使用者の指揮命令権が及ばないところまで無制限に健康確保措置が義務づけられることはないのは当然です。しかし、労働者の健康状態は、その提供する労務の内容に関わるので、労働者のプライバシーには配慮が必要であるとしても、これを理由に使用者の義務を免除・軽減することはできません。本人任せにせず、安全配慮義務(結果回避義務)を履行するため、労働者の健康破壊が起こらない程度まで業務量を適切に調整して業務軽減措置を執ることが必要です。

 使用者としては、労働者のプライバシーの侵害についても十分な考慮をした上で、健康障害の防止についての配慮をするべきです。

 

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