コンピュータソフトウェア関連業務に従事していたシステムエンジニアの30代男性が、入社当初から高血圧症に罹患していたのに、年間労働時間が3500時間を超える恒常的な過重業務に従事し、プロジェクトリーダーの職務に就いた後は要員の不足等により長時間の残業をしたことから、脳出血を発症して死亡したという事案につき、裁判例は使用者の安全配慮義務違反についてどのような判断を示したのでしょうか。
東京高裁判決(平成11年7月28日)は、安全配慮義務の具体的内容として、①「労働時間、休憩時間、休日、休憩場所等について適正な労働条件を確保」すること、②「健康診断を実施」すること、③「労働者の年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間及び内容の軽減、就労場所の変更等適切な措置を採る」ことを示しました。
これらの安全配慮義務の内容は一義的なものではなく、労働者の職種、業務内容、労務提供場所などの具体的状況によって異なるというのが最高裁判例です。
例えば、高血圧症を有する労働者に対する安全配慮義務の内容についてみると、東京高裁判決は、「高血圧患者は、脳出血などの致命的な合併症を発症する可能性が相当程度高いこと、持続的な困難かつ精神的緊張を伴う過重な業務は高血圧の発症及び増悪に影響を与えるものであることからすれば、使用者は、労働者が高血圧に罹患し、その結果致命的な合併症を生じる危険があるときには、当該労働者に対し、高血圧を増悪させ致命的な合併症が生じることがないように、持続的な精神的緊張を伴う過重な業務に就かせないようにするとか、業務を軽減するなどの配慮をするべき義務がある」としています。さらに東京高裁判決は、「使用者は、高血圧が要治療状態に至っていることが明らかな労働者については、高血圧に基づく脳出血などの致命的な合併症が発生する蓋然性が高いことを考慮し、健康な労働者よりも就労内容及び時間が過重であり、かつ、高血圧を増悪させ、脳出血等の致命的な合併症を発症させる可能性のあるような精神的及び肉体的負担を伴う業務に就かせてはならない義務を負う」とも判断しました。
以上の安全配慮義務は、「労働者から業務軽減の申出がされていないことによっても、何ら左右されるものではない」(東京高裁判決)とされています。
この安全配慮義務は業務遂行に裁量がある労働者について軽減されるのでしょうか。
東京高裁判決は、「一審被告【注:使用者】は、太郎【注:被災者】の業務はいわゆる裁量労働であり時間外労働につき業務命令がなかったことを理由に、一審被告に安全配慮義務違反はないとも主張する」が、「取引先から作業の完了が急がされている本件プロジェクトのリーダーとして、太郎を業務に就かせている以上、仮に太郎の業務がいわゆる裁量労働であったことをもって、一審被告の安全配慮義務違反がないとすることはできない」と判断しました。
裁判例は、裁量的な労働の場合も、業務の遂行において期限が定められている等の制約があれば使用者は安全配慮義務違反に問われることを認めたものです。
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