中小企業のM&Aにおいては、株式譲渡または事業譲渡が利用されることが多いです。
売主・買主の双方にとって、手続が簡便であるゆえに迅速に取引ができることから、まずは株式譲渡を検討することが通常です。
以下では、売主側、買主側の双方から、株式譲渡のメリットとデメリットを述べます。
第1に売主側の視点からのメリットとデメリットを挙げます。
株式譲渡とは、対象会社の発行済み株式の全部または一部(少なくとも総議決権の3分の2以上)を、売主から買主に売り渡す方法です。契約当事者は、対象会社ではなく、同社の株主と買主であるため、売主である株主が売買代金を受領することができます。
売主にとって、株式譲渡のメリットは、▽譲渡制限株式であれば、株主総会または取締役会の決議による会社の承認決定を得なければならないものの、事業譲渡等と異なり株主総会の特別決議や債権者保護手続は不要であり、手続が簡便である、▽段階的な譲渡ができる、▽役員退職慰労金の支給とのセットにより税引後の手取額を増加できることです。税務面では、▽株式譲渡益に対する分離課税の税率が事業譲渡と比較して低い、▽消費税が課税されないといったメリットがあります。
デメリットは、▽未払残業代などの簿外債務、ハラスメントや環境汚染・違法建築などの法令違反に基づく損害賠償請求といった偶発債務や不良債権のおそれを理由に株式譲渡代金の減額を求められる、▽売主自身が表明保証違反に基づく損害賠償責任を負う可能性があることです。税務面では、▽株式の売買価額が時価と比べて著しく低い場合は時価で売却したものとみなされ、個人が法人に譲渡する場合は譲渡所得税が、法人が譲渡する場合は法人税がそれぞれ課税されるおそれがあることが挙げられます。
ただし、株価を適正に評価すれば会社の磨き上げをしている限りデメリットは解消できるので、売主にはメリットの方が大きいでしょう。
第2に買主側の視点からのメリットとデメリットを挙げます。
株式譲渡と事業譲渡に共通したメリットは、迅速に事業展開ができる、研究開発や販売チャネルなど自社に不足する資源を補完できる、複数の事業を展開する場合は相乗効果が得られることです。
買主にとって、株式譲渡のメリットは、法務面として、株主総会決議や債権者保護手続は不要である、取引先との契約(チェンジ・オブ・コントロール条項がある場合を除く)や許認可を維持できる、段階的な譲受ができることです。経営面として、別法人として経営・組織管理をするため、事業譲渡、吸収分割や合併と比べてPMIがしやすい、事業特性の違いに応じた組織運営ができる、別法人の経営を後継者に任せることで育成ができることです。
デメリットは、法務面として、簿外債務・偶発債務や不良債権を承継するおそれがあることです。経営面として、不必要な部門や事業も含めて承継するため、不要部門・事業の統廃合のコストが掛かる、対象会社の業績が悪いと投資や返済の資金を追加調達しなければならない、各職能が重複して同質の経営資源が分散することです。
一般的に、契約や許認可を維持する必要がある、業界の将来性が高く、対象会社の売上高や利益が上昇している、金融債務が少ない、簿外債務等が存在しない場合のいずれかまたはその複数がある場合は、株式譲渡を選択します。また、M&Aでは100%の株式を譲渡することが通常ですので、全株主が譲渡を承認している場合は株式譲渡を選択することができます。
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